能楽夜ばなしⅡ 2026年 9月30日更新 10月九皐会定例第1部 頼政 解説 UP
能楽夜ばなしⅡ 公演案内ページを作りました。 シテ以外にも 全てはありませんが、 感想などコメントします。 随時削除更新して過去コメントはアーカイブの方に移動します。 *10月2日 頼政のチケット、完売の連絡がありました 。 誠にありがとうございます。 私がシテを勤めます10月11日(日)12時半開演 九皐会定例公演第1部「頼政」が近づきました。 頼政の解説をUP致します。 頼政という人は、摂津源氏という血筋で、能「土蜘蛛」で登場する源頼光の子孫です。頼政は 1104年生まれ。およそ900年前に生きた人です。 摂津源氏は、朝廷の守護の役目を果たしてきた武士の一族です。 後に源平の戦を制した源頼朝の河内源氏の一族は、頼光の弟、頼信の子孫です。 源氏といっても、血筋が分かれているのですね。 源頼政の挙兵の経緯 平安時代末期、武士団が政治の表舞台に進出し、源氏と平家の対立が深まる中、保元・平治の乱を経て平清盛が権力を握りました。 源頼政は源氏でありながら、平治の乱では後白河院方として清盛側に属し、生き残ったものの、源氏出身ゆえに冷遇されます。 約二十年後、清盛の推挙によりかぞえ 75 歳で従三位 に昇進しますが、これは源氏としては異例の高位でした。故に源三位頼政(げんざんみよりまさ)と呼ばれます。 しかし 1180 年、後白河法皇の第二皇子・以仁王が平家打倒の令旨を発します。頼政はこれに応じ、しかし、すぐに清盛に知られ、以仁王とともに都を離れ援軍を求め南都へ向かいます。 途中、宇治で平家軍に追いつかれ、ここで戦となり、頼政は敗れて自害しました。 (*最晩年に挙兵した理由は諸説あり、『平家物語』では「源氏の矜持」と描かれます。) 能「頼政」の進行 (※ストーリーの結末に触れています) ※ 本稿は、謡曲『頼政』や『平家物語』、能楽鑑賞をもとにした個人的な解説・感想です。学術的な考証を目的としたものではなく、解釈には異説もありますので、ご参考としてお読みください。 能の前半 後半の橋合戦の戦語りに向けて、多くの伏線と暗示が張り巡らされています。 ① ワキ旅僧の登場 遠国から来た諸国巡りの旅僧が都を巡り、南都へ向かう途中、宇治までやって来ます。 (頼政もまた都を出て南都・興福寺を目指し、その途中で宇治において平家方に追いつかれ、戦闘になった史実を踏...